新国フィデリオ

2005年5月28日(土) 新国立劇場 15時開演

  • フロレスタン : トーマス・モーザー
  • レオノーレ : ガブリエーレ・フォンタナ
  • ロッコ : ハンス・チャマー
  • ドン・ピツァロ : ペテリス・エグリーティス
  • ドン・フェルナンド : 河野克典
  • マルツェリーネ : 水嶋 育
  • ヤキーノ : 吉田浩之
  • 囚人1 : 水口 聡
  • 囚人2 : 青戸 知

私の中で長い間「食わず嫌い」だったフィデリオです。食わず嫌い、というより接する機会が無い(だって本当に上演機会が少ない)。だからといって自分で映像や録音を入手しようとまで思わない作品でした。ですから「妻が男装して夫を助けに行く話だよね」くらいの知識で行きましたが、すっごく面白かった!これ、新国久々のヒットだと思います。芸術監督のノヴォ氏に感謝さえ感じてしまいました。
いわゆるジングシュピール(歌芝居)という形式らしく、台詞と歌の部分が分かれています。ただし、台詞でストーリーを進めていくほどお手軽な話じゃないので、中盤からほとんど歌になります。またこの作品はベートーヴェン唯一のオペラです。お堅いベートーヴェンはオペラを作りたくてもお下劣な題材に辟易して、ようやく出会った品行方正な台本だったようです。何度も改訂を重ねているし、序曲だって4つも作ったし、本当にこれに心血注いじゃったんですねぇ・・・。ベートーヴェンの声楽曲というと私は第九ぐらいしか知りませんが、シンプルで自然で本当に美しい曲ばかりでした。ベートーヴェン→ウェバー→ワーグナーというドイツオペラの辿った道が感じられたりして、勝手にしみじみしてしまいました。特に合唱の部分は出色で、各声部のバランスなど立体的で素晴らしいです(なんて、何を偉そうに・・・)。音楽でちょっと気付いたのは、モーツァルトとの類似点。オペラを聴きながらベートーヴェンの後世に与えた影響なんかをボーっと考えつつ、「しかしモーツァルトは後にも先にも唯一無比の人だったなぁ」なんて思っていると、どうも聞き覚えのある響きが。何となく、後半のドン・ピツァロのアリアが「ドン・ジョバンニ」の断末魔の辺りに似てるような気がしてならなかったんですよね。あれ、意識してないかなぁ?ベートーヴェンの重厚さの中だとさほど違和感ない感じだったけど・・。
歌手陣はみんな素晴らしかったです。フィデリオ/レオノーレのガブリエーレ・フォンタナの丁寧でまっすぐな歌唱は感動的でした。スボン役=メゾって思い込んでましたが、この人フィガロでは伯爵夫人を歌うようなソプラノでした。それに男装もチャーミングで、すっごく似合ってた。「私はフロレスタンの妻!」と帽子を取ったところなんかカッコよすぎて痺れてしまいましたよ。それからフロレスタンの鎖を解く場面は本当に感動的で、鼻の奥がツーーーーンとしてしまいました。ロッコ役のハンス・チャマーは枯れた雰囲気がいい。私はツルハシとスコップが似合う男性が無条件に好みなので、ロッコフィデリオが墓堀りする場面は良かった〜!そして後半から満を持して現われたフロレスタン、出ました、「妊婦」・・。食事を与えられていない地下牢の男って言われてもねぇ・・(--;)しかしなんかあのシチュエーションはくすぐられるものが。ああ、やっぱ私は「地下室の男」が好きなんですかねぇ。
それからやっぱり考えさせられたのはキリスト教的な夫婦の姿です。神によって結び付けられた二人だからその運命は義務と同じという、クリスチャン的な「何が何でも添い遂げてやる!」という愛への強い信念を感じました。教会での結婚式に出席するととっても感動してしまうのはその信念ゆえかもしれません。最後の合唱場面では合唱団員が皆結婚衣装で現われてきましたが、ひょっとしたら皆結婚式くらいでしか永遠の愛を意識してないのでは?なんて思ってしまいました。そうすると何が何でも夫を救いに行くレオノーレは理想的な妻で、賞賛されてしかるべきですよね。私は「何故こんな困難なことができたのか」と聞かれたレオノーレが「心を高めていけば体も強くなるのです!」と言い放ったのがすごいと思いました。この無茶苦茶ストイックな愛の姿は里中満智子的な世界ではありますが。
いやいや、素敵な公演でした。そう、もう一つ特筆すべきこと・・・それは囚人達の「太極拳」です(笑)