新国立劇場 マクベス

原作:W・シェイクスピア
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ、アンドレア・マッフェイ
作曲:ヴェルディ
管弦楽:東京交響楽団
指揮:リッカルド・フリッツァ
演出:野田秀樹

マクベス:カルロス・アルヴァレス
マクベス夫人:ゲオルギーナ・ルカーチ
バンクォー:大澤建
マクダフ:水口聡

昨年5月に初演されたプロダクションの再演です。初演の時点ですでに再演のキャストが発表になっているというインターバルの短さ。野田演出はかなり斬新なので賛否両論あると思いますが、私は「賛」です。通常の「マクベス」は武将である主人公が権力を手にする為次々と邪魔者を殺していくというヒーロー転落の悲劇ですが、野田版では戦争で行き場を失った難民にスポットがあたり、傲慢な為政者と不幸な民衆との対立が鮮やかに描かれています。
オペラのマクベスでは原作でもっとも有名な「所詮人生は動き回る影のようなもの、哀れな役者だ」という台詞がカットされているんですね。最初は版の違いかと思いましたが、どうやら本当にないようです。残念!その台詞によって、マクベスの悟りきった一面とただの暴君でない深みのある人物像が浮かび上がってくるのに・・。オペラではマクベスが何とも薄っぺらい人間に感じられてしまって、ちっとも同情ができないんですよね。
前回マクベスをやったアルフレードブレンデルは持ち前の貫禄のせいか、英雄が崩壊していく悲劇が自然に感じ取られて少し同情してしまいましたが、今回のカルロス・アルヴァレスは体形もスリムだし、何となく軽くて(ほんとに奥さんのいいなりキャラがハマってた!)、どうも可哀想にならなかったんですね。歌唱はさすがにスター歌手の風格で盛り上げましたが、ヌッチやブレンデルほどの味を出すには若すぎるのかもしれません。ただし、野田版で描かれる為政者の上滑り加減を出すには、明るい美声のアルヴァレスがピッタリだったのかも。
夫人を演じたゲオルギーナ・ルカーチは初演も演じたソプラノで、当初予定されてた人の代役です。結構前に変更のお知らせが来ました。私たまに「体調不良」で歌手が交代になるタイミングって早過ぎないか?と思うんですよね。今回アルヴァレスが初日体調不良でキャンセルしましたが、そういうのが普通であって、1ヶ月も2ヶ月も前にキャンセルって言うのは真に受けられませんね。他に仕事が入ったとか?
それはともかくルカーチは良かったです。歌唱はこれまた好き嫌いあると思いますが、マクベス夫人てって歌えるだけ凄いと思います。各幕に独白シーンと超絶ソロがあって、常にテンションは高いし・・・今回2度目のプロダクションということで、アルヴァレスも彼女のリードでかなり助かったのでは。
今回最も泣けたのは合唱!とくに難民たちの合唱では悲痛で、じわじわと涙がにじんでしまいました。誰が王になろうと彼らは幸せになれない・・ラストシーンではマクベスに取って代わったマクダフが王座に座ったとき、民衆がバタバタと倒れてゆきます。昨今の情勢と重ね合わせて胸が痛くなりました。現代の虐げられた人々に無関心であってはいけないと自覚させられました。